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紫陽花と傘

紫陽花の花が美しい季節になった。
しとしとと降る雨の中を、エリカの小さなピンクの傘を腕にぶらぶらさせながら、幼稚園のお迎えに出る。幼稚園バスが停まる小さな公園にも、濃いピンクの紫陽花がひっそりと雨に濡れていた。
でも、水滴にますます美しさを放つ紫陽花とはうらはらに、わたしの心はうんと雨に打たれ、くすんでいた。
やはり、わたしは間違っていたのだろうか?
昨夜のことが、通り雨のように頭の中をよぎる。
夫と喧嘩をするのは初めてではないが、久しぶりだった。
毎日まいにち、仕事、仕事、仕事。だが、それが夫の務めなら仕方ない、と今までは我慢してきた。家を守って待つ妻を自分なりにつとめてきたつもりだ。
だが、昼間エリカが転んで額に大きな傷を作り、帰ってきた夫がそれを見たとたんに、いきなり彼は激昂したのだ。
「一体、何やってるんだ!母親なんだろう、お前は!」
顔に傷なんぞこさえて、残ったらどうするんだ、とぶつぶつ言っている夫に、何かがぷちん、とはじけた。
「何いってるのよ!私は子どものお世話係じゃないし、そういうあなただって父親じゃないの!」
お互い声を荒げたのは何日ぶりだったろう?
はっ、として気まずい空気が流れ、どちらからともなくその場を立ち去った。
その後、早朝に出勤した夫とは顔を合わせていない。
エンジンの音がして、バスから元気よくエリカが降りてきた。
「おかえり!」
「ただいま!」
傘があって、今日は抱きしめることはできないけれど、この瞬間がわたしは好きだ。額に大きく貼られた絆創膏が痛々しかったが、エリカの笑顔がそれを帳消しにしている。
帰ろうと歩きかけると、ついてくるはずのピンクの傘が、そこからじいっとしたまま動かない。
「エリカ?」
見るとエリカは、公園のピンクの紫陽花に、そっと傘をさしかけていた。
そして、ふり向きざまにわたしのけげんそうな顔を見て、にっこり笑う。
「だって、紫陽花さんが、雨にぬれて、かわいそうなんだもん」
そうか。わたしに欠けていたのは、あのひとを思いやる心だった。
彼の心にそっと傘をさしかけてあげることが出来たら…そうしたら、彼はその傘にわたしをいれてくれるだろうか?
「おかあさん、どうしたの?」
「ううん…なんでもない!さあ、帰っておやつ食べよ!」
「わーい!!」
エリカが長靴をかぽんかぽん言わせながらジャンプする。
ありがとう。わたしの心にも傘をさしかけてくれて。
「あっ、おかあさん、雨、あがったみたいだよ」
曇り空の切れ目にちょっぴりのぞいた青空が、少しぼやけて見えた。


はい、ほこりっぽいですね。ぱんぱん。←はたいている
昔書いたものを、こちらに移動中です。
季節はずれですんません。

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