「誰でも目の前に独りきり たどる道があり
誰かの道を横切る度に 傷つけてゆく
そして必ずそれよりずっと 自分が傷ついてゆく」
by『あなたを愛したいくつかの理由』
Masashi SADA
ひとを傷つけずに生きていくことは不可能だ。
傷つけたくない、と思うのは、
裏返せば、自分こそが傷つきたくないという思いがあるからだ。
傷ついて、傷つけて、傷つけられて。
かさぶたは、いつかとれて新しい皮膚が顔を出す。
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元気の素、記事移行中。2001年3月。
傷つけたくないことは、すなわち自分が傷つきたくないこと。
今思えば当たり前のことなんだけど、当時は「なるほどそうか!」と膝を打った。
怖いんだね、自分が傷つくのが。
別れる哀しみ、失う哀しみを味わうぐらいなら、最初から愛さない方がまし、という考え方と似ているかもしれない。
かと思えば、自身が傷つくのも構わず、というか、傷つくことを良しとして、人の中でぶんぶん刃物を振り回し、相手をも傷つけてしまうこともあるんだなあ。
限りなく落ち込むことは、誰だってある。
自分に自信がなくなることなんて、しょっちゅうだ。
人をうらやむことだって。
だが、「どうしたの?」と言ってくれる人、「大丈夫」と言ってくれる人、「そんなのもったいないよ」と言ってくれる人、「あなたはこんなところがいいよ」と言ってくれる人、「私も同じだよ」と言ってくれる人、ネタで笑かしてくれる人……そうやって、いろいろなその人なりのやり方で、向き合ってくれる誰かを、わざとはねとばしちゃいけない、と思うんだ。
哀しすぎる。
そう思うと、自分って恵まれてるなあ、と思う。
上のようにちゃんと向き合って言ってくれる人が、ここにはたくさんいるから。
ネガティブになること自体は、悪いことじゃないし、自分をはかるひとつのものさしだ。
だけど、それだけで自己完結してしまえば、ネガティブは何の意味も持たない。
そうならないように、注意しなくっちゃね。
ちゃんと、人とコミュニケーションできている間は、ダイジョブだと思ってる。
みんな、ありがとう。